この星の格闘技を追いかける

【Yoshiro Maeda RetirementMemorial Event】MG眞介と対戦藤原大地─01─「昔の自分はただの若造」

【写真】38歳になった藤原大地。ZOOMの背景にもしっかりと──会社名をアピール。関西二郎系の雄と呼ばれるラーメン店を店舗展開する藤原大地が、稲垣組の先輩の引退興行で戦う (C)SHOJIRO KAMEIKE

10日(日)、大阪市北区の梅田ステラホールで開催される『前田吉朗引退興行』で組まれたDEEP公式戦で藤原大地がMG眞介と対戦する。
Text by Shojiro Kameike

藤原は2003年にパンクラス稲垣組からプロデビューし、2008年9月のパンチィー山内戦を最後にリングを離れ、大阪・東淀川区でラーメン店『歴史を刻め』を開業した。その後、2011年に一度、ライジングオンでMMA復帰を果たすも、2012年以降はグラップリングマッチの出場のみとなっていた。

一方で、『歴史を刻め』は人気ラーメン店となり、藤原は『株式会社元気ですか』を設立。現在は系列店を含め11店舗を展開する経営者と活躍中だ。そんななかで、今年1月30日にWardogでMMAに復帰し、さらに今大会へ参戦することになった経緯とは?

試合直前、藤原がこの10年間について語る。


――今回は計量前日に取材を受けていただき、ありがとうございます(インタビューは4月8日に行われた)。しかも水抜き直前という状態で……。

「大丈夫ですよ。こちらこそ、ありがとうございます」

――藤原選手は今年1月に、Wardogの舞台で11年ぶりにMMAを戦い、せーた選手を相手に1R0分49秒で一本勝ちしています。続いて今回の試合に至るわけですが、なぜ再びMMAを戦おうと思ったのでしょうか。

「シンプルに『格闘技をやりたい』という気持ちがあったからですね。もともとWardogの柿原勇気代表とは、古くからの付き合いなんですよ。2008年――パンクラスに出場している頃から、僕はラーメン屋をやりたいという夢があり、柿原代表は自分のジムを出すことと、自分の大会を開くという夢があって。お互いに夢を叶えて今に至り、そこで僕は柿原代表のジム(U.B.F)と大会でお世話になろうと思った次第です」

――ラーメン店『歴史を刻め』を開業した当初から、MMAは続けるつもりだったのでしょうか。

「いえ、もう格闘技はやらないつもりでした。それでもお店を始めてから、2011年にライジングオンでMMAに復帰しています。そのあとはグラップリングの試合に、チョコチョコ出るというぐらいでした。やっぱり格闘技が好きなんですよね。

ライジングオンの頃は現場、お店で仕事をしながら試合をしていたんですけど、ラーメン屋も店舗展開が始まって(系列店も含めて11店舗を展開)、今は会社の経営に専念している状態です。そこでもう一度、格闘技をやるタイミングはどこなんだろうかと考えていたんですけど……。コロナ禍の影響で一昨年から融資を受けやすくなって。

とにかく会社にキャッシュを置いておかないと、会社が回らなくなる可能性があるので、たくさんお金を借りたんです。すると今はキャッシュに余裕がある状態で、もう一度格闘技をやるなら、まだキャッシュがあるうちに……と思いました」

――それだけ、この10年間は再びMMAをやりたいという気持ちを抱えていたのですね。

「はい。もちろん、もう格闘技はやらないという選択肢もありました。でもRIZINとかを見ていると、何か気持ちが上がってきたんです(笑)。特に自分が戦っていたバンタム級が盛り上がっていて、刺激になりましたよ。やっぱり階級が同じやと、自分と重ねて見てしまいますね。今のパンチは僕なら食らっているな、とか。今のタイミングやったら、自分はこうするなとか」

――なるほど。

「その中で、昔の自分ではなく今の自分が試合に出たら、どうなるのか。体力的なことや技術的なことではなく、精神面に関して試してみたくなったんです。自分で商売をしてきて、すごくシンドイこともありました。それを乗り越えた今、だいぶ精神的に強くなったんじゃないかな、って思ったんですよ。

昔、格闘技をやっていた頃の自分はただの若造じゃないですか。やっぱり落ち着きもないし、自分を大きく見せようとするし、相手にかみつくし……(苦笑)。でも今の自分が試合に出ると、どんな動きができるのか、そして精神面はどうなんやろうなって」

――そんな昔の自分自身を、今見ると……。

「ビビってんのに、そんなに強がらんでいいやん、って(笑)。自分は人一倍怖がりだと思うし、怖がっていることを隠すために虚勢をはっていることが、すごく分かります。でも会社を経営していたら、どれだけ虚勢をはっても結果は結果ですからね」

――ラーメン店を経営しながらグラップリングマッチに出ていた当時の練習環境は、どのようなものでしょうか。

「試合の1カ月前から2、3回練習してグラップリングマッチに出たりとか……そんなレベルです(苦笑)。27歳の時にライジングオンで復帰した時は、下新庄のお店の2階を改造して、練習できるようにしていました。6畳一間の壁に畳を貼り、床はジョイントマットを敷いたところに、深夜2時から練習できる人を集めて」

――ラーメン店の現場の立ちながら、仕事と練習の両立はできていたのですか。

「いえ、できなかったです。でもその限られた環境で、どれだけできるのか。それは僕次第やと思っていたんで。その中で最大限のことはできたかなと思います」

――その頃から、練習環境や練習内容は変わってきているのですか。

「正直、当時のほうが練習できていたんじゃないかなと思いますね。抱えている従業員の数も、当時とは全く変わってきたので。今は従業員がパート、アルバイト含めて60人以上います。そこで少し問題が起こっても、僕が出ていかなアカンこともありますし。従業員の悩みを聞いたり、店舗回りもある。銀行に行ったり、業者さんとのやり取りもあります。

それと今の立場になってからなんですけど、経営者の会みたいなものに参加していて、そこの中の役割もあるので。だから、ホンマにその隙間の時間で練習するしかないんですよ」

<この項、続く

■DEEP CAGE IMPACT in OSAKA2022視聴方法(予定)
4月10日(日)
午後12時30分~Twit Casting LIVE

■「Yoshiro Maeda retirement」視聴方法(予定)
4月10日(日)
午後4時30分~Twit Casting LIVE

■ DEEP CAGE IMPACT in OSAKA2022 計量結果

<フライ級/5分3R>
柴田MONKEY有哉:56.8キロ
渋谷カズキ:57.15キロ

<49キロ契約/5分3R>
パク・シウ:48.9キロ
古賀愛蘭:48.5キロ

<バンタム級/5分3R>
中本龍平:61.8キロ→61.7キロ
雅駿介:61.65キロ

<バンタム級/5分2R>
谷岡祐樹:61.45キロ
上荷大夢:61.6キロ

<フェザー級/5分2R>
瀧口脩生:66.2キロ
チハヤフル・ズッキーニョス:66.2キロ

<バンタム級/5分2R>
井上暉也:61.45キロ
金森功祐:61.7キロ

<フライ級/5分2R>
亮馬:56.85キロ
中山陸斗:57.1キロ

■「Yoshiro Maeda retirement」計量結果

<Yoshiro Maeda retirement exhibition>
前田吉朗:──キロ
稲垣克臣:──キロ

<Yoshiro Maeda retirement exhibition>
前田吉朗:──キロ
北方大地:──キロ

<Yoshiro Maeda retirement exhibition>
前田吉朗:──キロ
砂辺光久:──キロ

<ストロー級/5分3R>
潤鎮魂歌:52.2キロ
木戸脇広樹:52.15キロ

<ライト級/5分2R>
木村俊也:70.15キロ
林RICE陽太:69.85キロ

<バンタム級/5分2R>
藤原大地:61.0キロ
MG眞介:61.15キロ

<フェザー級/3分3R>
中村晃司:65.85キロ
堂園悠65.75キロ

<バンタム級/3分3R>
山﨑鼓大:61.6キロ
上田祐起:61.15キロ

<バンタム級/3分3R>
延命そら:61.5キロ
フェルナンド:61.35キロ

<フライ級/5分2R>
亮我:56.5キロ
梅永海世:56.75キロ

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