この星の格闘技を追いかける

【on this day in】1月23日──2009年

01 23 09【写真】米国にやってきたばかりのハファエル・コルデイロのシュートボクセUSAが隣にあったクレバー・ルシアーノのアカデミーで宇野の長い長い11日間が本格的にスタートを切った (C)MMAPLANET

Caol Uno in Clever Luciano Jiu-Jitsu Academy
@カリフォルニア州ハンティントンビーチ、クレバー・ルシアーノ柔術
「今から思えば藁にでもすがる気持ちだったのだろう。あるいは溺れる者は藁をもつかむという心境か。この1カ月ほど前、ディファ有明の駐車場で宇野薫から『次、いつ米国へ行くか教えてください』と声を掛けられた。守山代表を亡くし、青木真也に敗れた宇野は、キャリアの再構築の一歩を米国修行に求めていた。そして、この前日にLAに入り、そのままリムーアまで320キロほど移動、PFCを観戦。この日は一気に365キロを南下しアナハイムでアフリクションの計量を見学した。その後シニスター・ジム(現ブラックハウス)で初練習に挑む予定だったが、計量会場で練習がなくなったことを知る。宇野は明らかにホッとした表情を浮かべたものの、計量会場にいたハファエル・コルデイロに誘われ、急遽シュートボクセUSAで練習することとなった。まず当時、ハファエルのパートナーだったクレバー・ルシアーノのアカデミーに顔を覗かせると、当然のように練習に誘われた。1時間、みっちりとブラジリアン柔術の洗礼を受けた。ちなみに宇野の着ている道着と腰に巻かれた白帯は、どこかで練習できないかと持参した僕のモノだ。不安だらけの宇野がこの先、経験する壮絶な11日間がスタートを切った。帰国後、宇野はロータスのYBTに参加するようになり、慧舟會を離れた。あれから、もう5年が過ぎた。70キロでなく、65キロで今もUFCを目指している宇野は、明日明後日、後楽園ホールで17年と3カ月前にプロ修斗デビュー戦で戦った桜井マッハ速人の教え子、中村好史と修斗環太平洋ライト級王座決定戦をヒジ有りルールで戦う。今の彼は藁にすがる必要も、藁を掴む必要もない。自分を信じてくれる仲間の存在が、己を信じる原動力になっている」

on this day in──記者生活20年を終えようという当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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