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【Grachan30】グラチャンで来日。昨年10月に脳卒中を起こしたヨアキム・ハンセン「また戦いたい」

Joachim Hansen【写真】確かに変わりない様子のヨアキム・ハンセンだ(C)KAORI SUGAWARA

13日(日)、東京都大田区の大田区産業プラザPIOで開催されたGRACHAN30で昇侍に敗れたジェイカブ・グルゼゴーゼックのセコンドとして、ヨアキム・ハンセンが来日していた。

2002年12月に初来日、昨年3月にプロ修斗・沖縄大会を最後に試合から遠ざかっていたハンセン。そして、昨年末に彼が脳卒中で倒れ引退するという情報が飛び交った。

そんなヨアキム・ハンセンの来日時に、電話インタビューながら脳卒中とその後に関して話を訊いた。


――ヨッケ、お久しぶりです。

「本当に。調子はどうだい?」

――それはこちらのセリフですよ(苦笑)。昨年末にヨッケが脳卒中になり、引退したというニュースが流れた時、ユノラフ・エイネモを始め、北欧のMMA&柔術界の人を通して、連絡をしようとしたのに、まるで捕まえることができませんでした。

「僕はSNSもやっていないし……eメールしか使っていない。そして、それは日本では使えないやつなんだ」

――そんなわけないでしょう(笑)。でも、こうやって日本に来ているということが無事の証なので。本当に良かったです。

「もう大丈夫だよ。病院にいたのは1週間で、それから1週間後にはトレーニングに戻っていた(笑)」

――自分の耳にはヨッケは後遺症で話せないだとか、生死の狭間をさ迷ったなど、そんな噂ばかり入ってきていました。

「今、こうやって話しているじゃないか(笑)。言語障害も症状が発生して1週間ほどあっただけだよ」

――一体、ヨッケの身に何が起こっていたのですか。

「去年の10月30日、日曜日の朝だった。目が覚めた時にワイフが何か尋ねてきたけど、僕は返事をすることができなかったんだ。それから、もうひと眠りして起きてから、噛みタバコを買いにガスステーションまで出かけた。そしてレジの女性に『噛みタバコを一つ』と注文しようと思ったのに、また言葉が上手く出なかった。

何度かトライしたけど、無理だった。そのまま車に戻った時、『これは何か、本当に良くないことが起こっているぞ』って感じたよ。アパートに戻って、眠っていたワイフを起こして助けが欲しいと伝えたかったけど、やはり言葉がでない。彼女は僕の父に電話をかけて、救急車を呼ぶことにしたのさ」

――手足が痺れたり、呂律が回らなかったりという前兆はなかったのでしょうか。

「その日はまでは全くなかった。救急車で病院へ行き、スキャンを撮った。頸動脈の検査もした。で、ドクターの診断は脳卒中だったんだ。彼らが言うには原因はストレスということだった」

――ストレス? パンチを被弾した後遺症ではなく?

「ファイトも影響しているとは言われた」

――まぁ、ヨッケの職業を知れば皆、そう思いますよね。

「だよなぁ(笑)。それと僕の心臓には小さな穴が空いていることも、この時の検査で分かった」

――心臓に穴?

「そう。とても小さな穴だよ。ドクターが言うには、25パーセントの人が心臓に穴が空いているそうなんだ。その穴の影響もあったようだ」

――それから緊急手術、開頭手術へと?

「いや手術はなく、1週間の入院だけだったよ。ただし、心臓の穴を塞がないと、また脳卒中になる可能性があるということだった。そして、手術でない方法で穴を埋めることになったんだ」

――手術はなかったのですね。

「1週間の入院、そして半年間は車の運転を禁じられた。まぁ、言うことは聞かなかったけどね(笑)」

――笑いごとじゃないです。

「でも、すぐに話せるようになったし、練習にも戻ったからね」

――それは主治医の許可は得たのですか。

「ドクターはもう戦うなと言ったよ。でも、デンマークには脳卒中になり、それから40回も戦ったボクサーがいるんだ」

――つまりヨッケはリタイアしたのではなく、まだ戦うつもりなのですね!

「どうなるかなぁ。まだ、戦いたいとは思っている」

――う~む……。

「ちゃんと病院に行ってCTスキャンを撮って、どこも問題がなければ――だけどね。心臓の穴も当然、塞がっていないといけない」

――そのことを家族には話しているのですか。

「あぁ(苦笑)」

――当然、反対されていますよね。

「まぁね。誰もファイトのことが分かっていないから」

――ヨッケ、ファイターである前に人間です。

「その通りだよ、分かっているよ(苦笑)。ただ、今はかつてないほどのグッドシェイプなんだ」

――OMG!! 今、こうやって電話とはいえ話すことができてヨッケの体調は自分が思っていたより、ずっと良いことは理解できました。ただ……。

「分かるよ、言いたいことは。でも、こうやって日本に来ることができたんだ。凄く嬉しいよ。チケットを用意してくれて。Grachanは修斗に似ていて、良いイベントだった。しっかりと運営されていた。

だから、また戦えるなら僕は昇侍と戦っても良いよ。65キロなら大丈夫だ。63キロは無理だけど。戦い続けたいからね。どことも契約はないし、全てにおいてオープンだ」

――実際にヨッケに会うことができなかったので、無事は嬉しいのですが現役を続けたいという言葉には混乱しています。とにかく体を大切にして欲しいとしか言えないです。

「これが僕の人生だ。ファイトをストップすることは難しいんだ。そうだ、次は家内と息子を日本に連れてくるよ。

実は2015年にノルウェー政府と税金の支払いに関して、問題が起こり僕はホームレスになっていたんだ。その時にワイフに出会った。僕らは結ばれ息子が生まれた。マナブ、今度は会って話そう。本当に、僕には色々なことがあったんだ」

――そうですね。東京と言わず、オスロでもヘルシンキでも構いません。必ず会って話しましょう。

「そうだね。さっきも言ったように病院に行って体をチェックし、何も問題がなかった時しか試合には出ない。それは約束するから」

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