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【JBJJF】関東柔術選手権 柔術に年間100万を費やす乗次秀彦──「僕はキリギリス」

Noritsugu【写真】柿澤剛之をバッファロー柔術に招きセミナーを開いた時の1枚 (C)HIDEHIKO NORITDUGU

17日(土)、東京都・墨田区にある墨田区総合体育館武道場で日本ブラジリアン柔術連盟(JBJJF)主催の「第12回関東柔術選手権」が開催される。
アダルト黒帯ではカルペディエムの渡辺和樹やリバーサルジム川口リディプスの大西巧之など強豪選手がエントリーしている同大会。ここに出場する2018年紫帯ランキング1位(10月現在)の乗次秀彦にスポットを当てたい。宮崎県のバッファロー柔術に所属する乗次に、大会への意気込みと柔術観を尋ねた。
Text by Takao Matsui


――乗次選手は大会への出場回数が多く、10月現在で紫帯ランキング1位になっています。

「月1回は、試合に出たいと目標を立てていまして、今年は24大会くらいに出場しています(笑)。試合に出ると課題が見つかりますので、それを練習で克服して、また試合で試す感じです。それを繰り返していますので、年間で100万円くらいは柔術に使っています。ムンジアルに出場すると、どうしても経費がかかってしまいますね」

――柔術へかける経費が、年間100万円!! ご結婚はされていますよね。

「はい。子どもはいませんが、妻も応援してくれています。やたらと道着が多いので、捨てられそうになることもありますが(苦笑)。僕たちは宮崎に住んでいますが、関東で試合がある時は、里帰りに合わせて妻が会場へ来てくれることもあります」

――奥さんも、柔術を習っているとか。

「いえ、習っていません。他に趣味があるようなので、僕が柔術をすることに対しては理解をしてもらっています」

――もともと埼玉県出身なのですか。

「いえ香川県出身で、就職した最初の勤務先が埼玉県でした。それから仕事の都合で3年前に宮崎県へ転勤になりました。それまでは埼玉県のピュアブレッドに所属していましたので、車の中で転勤の話を聞いた時は15分間、ハンドルにもたれて動けませんでした。これでムンジアルの夢を諦めることになるんだと。でも宮崎県のバッファロー柔術に移籍することになり、後藤修先生と出会い、ここでも強くなれることを確信しました」

――柔術に興味を持ち始めたキッカケを教えてください。

「高校まで水泳をやっていましたが、格闘漫画の『グラップラー刃牙』にはまってしまいまして、早稲田大学に入ってから空手部に入部したんです。総合格闘技に興味があったんですが、まずは打撃からだろうと思って始めました。ちょうどPRIDE全盛期で立ち技がカッコいいと思っていたんです。

でも寸止めの伝統派の空手だったので、想像していた競技とは違っていました。それでも4年間続けて、関東大会ベスト16が最高位です。レスリングのオリンピック銀メダリスト・太田章先生が早稲田大学のスポーツ科学部教授をされていますので、たまにレスリングの指導をしていただいたこともありました」

――そこから寝技にも興味を持ち始めたと。

「まだ先ですね。大学を卒業してからは、フルコンタクト空手を1、2年経験しました。極真空手です。それから2010年にピュアブレッドへ入会しました。でも仕事が忙しくなったこともありまして、UFCを目指そうとか、修斗でプロになろうとかではなく、たまに体を動かす程度になっていったんです。

格闘技の情熱が薄れかけた2年後の2012年、たまたま空手時代の仲間がキックボクシングの試合をすることになり、応援をする機会があったんです。残念ながら負けてしまいましたが、大学を卒業してからもずっと格闘技を続けて試合をしている仲間に刺激されて、自分も本格的にやろうと決意しました。

そして、その年の11月1日、ピュアブレッドの柔術クラスで練習し始めたんです。目的は、総合格闘技の試合をすることでした」

――いよいよ本格的に総合格闘技への道をスタートすることになったわけですね。

「その時は時任拓磨さんの柔術クラスに参加しましたが、当時は関口和正さん、柿澤剛之さん、柳沢友也さんといった錚々たる面々が揃っていまして、毎日ボコボコにされました。自分は体が大きい方なので腕力には自信があったんですが、5分間で5回は極められたと思います。紫帯の小さい選手にもガンガン極められて、理想と現実を思い知られて毎日泣いて帰っていました」

――総合格闘技どころではなく、寝技の上達が必須になったわけですね。

「それからは、柔術で上達することばかりを考えていました。ジムは殺伐とした雰囲気がありましたし、その時は変なプライドがあって、なぜ自分がやられたのか誰にも聞けずにノートを横に置いて素早くメモをするようにしていました。そのノートは今でもつけていますが、原因をその場で聞いていれば、もっと早く上達できていたかもしれません。

でも柔術を始めた初期は分からないことを人に聞かずに、自分で見つけようとしていたことは遠回りだったかもしれませんが、ディープハーフを見つけて自分の技にしていったのも、苦しみながら見つけたものです。

柔術というものは、苦しんで悩んで見つけ、身につけたテクニックは自分を一生支えてくれるものだと信じています。一人で悩んだ期間は無駄でなかったと思っています。今は積極的にアドバイスを求めますが、ただ教えられるばかりでなく自分で悩み抜き強さを身につけることで、“柔術の楽しさは苦しみの中にある”と強く実感しています」

――総合格闘技の練習はしていなかったのですか。

「並行してやっていましたが、少しずつ寝技に強さを求めて柔術にのめり込むようになっていきました。柔術に命を懸ける方たちが多かったので、自然と自分も意識が高くなっていったんだと思います。もちろん自分も真剣に取り組んでいきました。そして2013年6月に大賀幹夫先生が白帯カーニバルという大会を開催しまして、自分がそこで優勝することができたんです」

――柔術へはまるパターンですね。目標の選手は?

「そうですね。ムンジアルで3回優勝しているベルナルド・ファリア選手ですかね。これまでハーフガードはクローズドやスパイダーに比べて、弱いガードのひとつだと思っていたんです。でもファリア選手が自らハーフに入って勝つ姿を見て、すごく興味を持ちました。それからファリア選手や岩崎正寛選手のディープハーフガードの動画を見て、独学で学んでいきました。今では、自分も試合でよく使うようになりました」

――ピュアブレッドの先輩から影響は受けなかったのでしょうか。

「もちろん受けました。とくに柿澤さんは、ファイトスタイルは自分とは違いますが、試合に対する考え方に影響を受けましたね。今でも柿澤さんとは交流がありまして、埼玉へ帰った時は練習を一緒にさせてもらっています」

――柿澤選手のダイヤモンドガードは有名ですね。

「あのガードは、上半身のパワーで相手の動きを止められるからこそのテクニックだと思っています。実際に柿澤さんは、体がすごく柔らかいのですが、ゴリラのようなパワーがあります。それが、あの鉄壁のガードをつくり上げているのではないでしょうか」

――そんな秘密があるのですね。なかなか真似ができないかもしれません。乗次選手は、ムンジアルにも挑戦されていますが、今年で何回目ですか。

「3回目です。初めて参加した時は青帯で、3回戦まで行きました。昨年は初戦敗退。今年も初戦でアリアンシの選手にレフェリー判定で負けました。なかなか結果を出すのは大変ですね」

――世界の壁は厚いと思いますが、乗次選手には悲壮感がありませんね。

「負けることは悔しいですが、自分は2回分の人生を楽しんでいると思っています。仕事をしている自分と柔術をしている自分。2回分の人生を楽しめるなんて、得した気分です。毎日、学ぶことができますし、柔術を通して知り合った仲間もたくさんいます。試合でのヒリヒリした緊張感も、たまらなく楽しいです。間違いなく柔術は、人生を豊かにしてくれています」

――柔術にはまる選手の多くが、同じように言いますね。それほど魅力のある競技なのでしょう。最後に試合の抱負と今後の予定を聞かせてください。

「関東選手権はオープンクラスの試合のみになると思いますが、自分の力を出し切りたいです。うまい選手がたくさん出ていますので、楽しみにしています。今後の予定は来年のムンジアルで勝つことを目標に、たくさんの大会へ出場していきたいです。

最後に良いですか? 自分は柔術に年間100万円以上を使っていますが、普通の会社員で特別裕福な訳ではありません。貯金もあまりできてないんですけど、今1番好きなことにお金と時間を使えて本当に幸せです。

アリとキリギリスで言ったらバリバリのキリギリス生活ですけど、未来の自分は多分、今の自分を叱らないと思います。この人生のうちで柔術に出会えて、柔術に向き合えて多くの人に出会えて本当に豊かな人生を送っています。柔術に出会えて、良かったです」

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