この星の格闘技を追いかける

【Bu et Sports de combat】 統一体と形骸化された構え─05─『統一体を求める稽古と澤田の敗北』

Goki【写真】なぜサンチンが必要なのか。剛毅會では統一体をなぜ求めるのか(C)MMAPLANET

MMAと武術は同列ではない。その一方で、武術空手を学ぶことで、MMAに生かせる部分がある。とはいってもMMAはスポーツであって、決して武術ではない。また多くの空手も試合があり、スポーツとなっている。

剛毅會・岩﨑達也宗師に訊く、武術空手を競技&スポーツに生かせる統一体とは何か。統一体になれる心身の創りとは。また、統一体をMMAに落とし込むために必要な日々のトレーニングとは。そして、巻末に15日(日)、澤田龍人が猿田洋祐に敗れた試合を振り返り、統一体を意味合い、武術空手の稽古の意味合を考えたい。


──挨拶、そして構えから戦うために必要な空手を剛毅會では指導しているとのことですが、極真空手を岩﨑さんが稽古していた頃には形骸化した型、挨拶などに疑問を持つことはなかったですか。

「実は私自身、中学の時から空手を始めて、感じていた矛盾点がありました。32、33歳までの20年間を一生懸命続けながらも、なぜ、この稽古を続けているのか。この状態は何を意味するのだろうかと考えていました。今になって形骸化した構えと呼ぶことができるようになった構えをとることにより、自分自身は身体の自由が奪われ、相手は攻撃しやすいと感じていており、闘争に関して矛盾を感じていたからです。

試合のために通じているのであれば、納得していました。でも、そうでないから今一つ納得できない。その後、極真を離れ、MMAを経験してから出会った先生によって、矛盾が何か気付いた。そして、納得できる体験ができました。それこそがスポーツと武術はそもそも違うということでした。ここに気付かないと、スタート地点にすら立てていなかったのです。

美味しいモノを出せば売れるかといえば、料理人の方に聞くとそうではないそうです。ただ、武術とは美味しい料理を作り続けるという作業なんです。つまり、美味しい料理と商売繁盛は別次元でということです。武術とはひたすら美味しい料理を創り続けることです」

──強くなる構えと強くなるための鍛錬の構えと違うということでしょうか。

「ただし、空手には競技会があります。競技会で勝つと認められる。それが商売繁盛であって、実はそのために身につけてきたことは、美味しい料理を創っているわけではなかったのです。試合で結果を残すことに目が行き過ぎて、本質的な部分がぼやけたまま結果オンリーで空手を続けてしまっていました」

──本質的な部分が統一体ということですか。

「そうです。ただし、問題があります。武術、格闘技は相手がいる。そこで受けよう、打とうとする。その時点で相手の意志に動かされてしまっていることになるのです。その時点で、自分の力をフルに使える統一体でなくなってしまいます」

──では、なんのために剛毅會では統一体になれるよう形骸化していない構えを取り、礼をするのでしょうか。

「統一体が何かを知ることは大切です。そのうえで、選手は試合で勝つため、負けないために工夫し考えて戦います。そこには我慢であったり、努力が当たり前のように必要になっています。それが続くと、強くなるためにすべきことが、どうすれば良いのか分からなくなって煮詰まってきます。

そんな時に、統一体になる稽古をすると、自然に強くなれる稽古に戻って来られます。そのために、統一体になる稽古を普段から剛毅會ではやっているのです」

──強くなるためには統一体になることが、いわば自然体だということですか。

「その通りです。勝とう、勝とうという気持ちに憑りつかれたときに。まずは相手がどうこう、手の位置がどうだ、ステップがどうだということでなく、統一体を普段から当然のように取り入れることで、自然体に立ち返ることができるのではないかと。

なので、本当に良く稽古をしていると、勝つために戦っている時に私が型の名前で指示を出すと、その選手はスッとその動きが出るのです。それが自然と出ているので、統一体を維持しています。剛毅会の型とは、一つの型から格闘に、武術に如何に使う技を掘り起こすのかを目的としています」

──当然、型競技の型とは違うと。

「私の考えでは、表演型は如何に美しくできるかが目的だと思います」

──では剛毅會ではどのような型の稽古を取り入れているのですか。

「サンチン、ナイファンチ、クーサンクー、パッサイ、セイサンを行います。サンチンで武術に必要な姿勢、呼吸を学びます。ナイファンチで実戦の基本の瞬発力を養います。そしてクーサンクーで蹴り、投げと多方向への防衛を身につけ、パッサイで途切れない動きと斜めへの入りを、セイサンで武術の究極の一挙動を学びます。

ただし、サンチンで始まりセイサンで終わるのではなく、一つを他の四つで知り四つを一つで知ることができるようになります。このプログラムを創った座波仁吉師は天才と呼ぶ他ありません。私自身は選手に指導する内容は、この五つの型を抽出したものです。だから選手が現役中に武術として空手を稽古する必要はありません。ただ基本、型を素直にやりこんだ選手は、1年後には確実にやりこんでいない選手と差がでます」

──いずれはそれぞれの型が、MMAに如何に必要になっているのかを教えていただきたいと思います。

「ただし、5つの型でも多いかという気もしています。極意に達した先生につけば一つの型が無限の広がりを持つことが分かります。だから、他の型をやらないということでなく、やる必要が感じられなくなるものなんです。そして、型を学んだことで何をどれだけ身につけたことが分かる──その検証手段にはMMAという名の組み手は最善なのです」

──MMAでは、型で身につけた空手が役に立つということですね。

「私は型を試合で生かそうなどという動きは選手に絶対にさせないです。型を試合で生かそうとすると、それは剛毅會とは発想が逆になります。試合に出る者は、勝つために必要なことだけをやります。そのための統一体です。ただし、試合に勝とうとした時点で統一体になりません。

試合では居着く(いつく)からです。腕相撲で勝とうとした瞬間、隙だらけになっているのと同じです。がら空きで、攻撃されると効きます。

普段、一般道で車を運転している時は歩行者が飛び出してくるかもしれないし、周囲に気を配っている。いってみれば、この状態が統一体です。それがレースになると歩行者が出て来ることなんて気にしないで、ただひたすら前を走ることに懸命になる。その感覚が試合なのです。

試合になると人間は居着くので、型がそのまま生きるということは、少なくとも剛毅會の空手にはないです。ただ、試合で勝つための努力、作業を積んできたなかで、どんぴしゃのタイミングで生きることがある。

一つの拍子、一つの挙動ですらない。無拍子という世界があり、生きることがあります。彼らが型や基本稽古を繰り返してきたから、その瞬間が巡ってくるのです。あくまでも選手はそこを考えて戦う必要はありません、その時点で居着きます。たまたま役に立つときに、普段の稽古が出る。そういうものです。

人間の体というものは多少の特徴はあっても、根本は同じです。試合で勝ちたい選手は人間の体の原理原則を型で学ぶ。そして、勝つための動きと原理原則を照らし合わせることが、指導者の仕事です」

■澤田龍人の敗戦について

「先ずは試合を組んで下さった関係者各位に改めて御礼申し上げます

また対戦して下さった猿田選手、所属ジム各位にも御礼申し上げます

猿田選手という優秀な選手と戦えることで、澤田のみならず一門一同全軍一致で精進できました。それは猿田選手が優秀な選手であるからに他なりません。試合は相手があって成立します。優秀な選手と戦えるということはそれだけ実のある稽古になるということになります。

澤田に関して言うと彼なりに良く頑張ったと思います。中学生の頃から見ていますが、男として、人間として年相応にしっかりしてきたなと感じていました。しかし、選手権試合で猿田選手に勝てるかと言うと全く別問題です。試合が決まった時、澤田には「勝てないぞ」と伝えました。本人もそれは理解していたようです。

だから先ずは負けないことに主眼を置いて稽古をしました。負けない準備が整ったと判断してから、勝つための稽古に切り替えました。試合直前になると、勝てるとは言わないまでも、負けるという思いもない状態まで澤田はもってきていました。

勝つための稽古と、負けないための稽古は全く別モノです。準備万端と判断しました。動きは良かったですが、その分、勝つための動きになりすぎ、当初の目的である負けない試合ができませんでした。こうなることを猿田選手陣営が想定していたのであれば、セコンドの大沢ケンジさんを含めHEARTSの方々に感服いたします。

01澤田は猿田選手のテイクダウンを警戒するあまり突き、蹴りに威力がありませんでした。つまり相手の在り方によって統一体のレベルが下がったということです。当然、猿田選手は反撃しやすくなり、澤田は返しのパンチをもらうようになります。また、MMAを戦ううえで澤田が自らテイクダウンを狙うことは当然ですが、シングルレッグ、そしてダブルレッグという行為自体が統一体でなくなるので、かえって猿田選手の得意なスクランブルの展開に持ち込まれることになったと思います。

02距離の取り方でいえば、猿田選手の構えはクラウチング。対して澤田は統一体で、距離は作れていました。ただし、試合は攻撃しなければならない。あの距離でどのように攻めるのかが重要になっていますが、先に述べましたようにテイクダウンを警戒するあまりに攻防一体の攻め──入る攻めができなかったです。この入る攻めこそ、剛毅會の極意なのですが……。

今回の敗戦を澤田の将来の栄光と、人間修行のための武の道に必ず通じさせて参ります。今後も澤田と精進してまいる所存です」

PR
PR

関連記事

Tokyo Int JJC

Movie