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【Special】月刊、青木真也のこの一番:9月──番外編─「結局、業界がこのスポーツの勉強をしなかった」

Shinya Aoki【写真】日本のMMA界に立ち位置がない。それ故に気兼ねせず、本音を語ることができる(C)MMAPLANET

過去1カ月に行われたMMAの試合から青木真也が気になった試合をピックアップして語る当企画。

背景、技術、格闘技観──青木のMMA論で深く、そして広くMMAを愉しみたい。そんな青木が選んだ9月の一戦=その参は9月9日、UFC215からジェレミー・スティーブンス×ギルバート・メレンデス戦だったが、この一戦を皮切りに話が発展──J-MMAの転換期と現状について語らおう。

2010年4月のメレンデス戦で、もう一度自らを創り上げようとした青木はご存じの通り、イヴォルブMMAに所属するようになりONEを主戦場に選んだ。そして、日本のMMA界と距離を置き、また北米路線とも違うMMAファイター人生を歩んでいる。

9月の青木真也の選んだ一番=番外編、青木が思うところの日本のMMA界の現状、それまでの経緯に見られる問題点──それは、どれだけMMAが好きなのかということに集約されていた。

<青木真也が語るギルバート・メレンデス論はコチラから>


■『あれからの2年、3年は北米のMMAを追いかけ続けた』

04 17 2010──青木×メレンデスはジャパニーズMMAと北米MMAの技術、思考のエアポケット的な時期に組まれた試合だったように思います。

「あれは良い経験になりました」

──青木選手に私が取材拒否を受けていた時です(苦笑)。

「僕が取材拒否をしたということじゃないですよ。あの時の背景には、僕はDREAMという体制側の立ち位置があった。そして、その体制側に立って高島さんは記事を書かない」

──ぶっちゃけ、反体制ですよね(笑)。

「そう(笑)。だから、僕は取材を受けることができなかった。でも、次の年のサンディエゴでは、話をさせてもらったし。あの頃の僕のポジションですね。要はUWFに取材拒否されという話でしょ(笑)。簡単に大きな枠でいうと」

──U系はもともと取材対象ではなかったですが、RINGSと前の社長の時のパンクラスに取材拒否を受けたことはありました(笑)。「もともと取材してねぇよ」って思っていましたけどね。

「アハハハハ。その頃の価値観と、今の価値観の違いですよね」

04 16 2010──今から振り返ると、あの一戦で青木選手は自身の実体経済を見た。でも、自分に関しては青木選手への期待は落ちていなかった。

「これはヤバいって本当にナッシュビルで感じました。それも僕の試合だけでなく、あの日の大会に出場していた他の選手のウォーミングアップから感じていたんです」

──有名どころ以外でも、まだ無名時代のOSPやダスティン・オーティズが出ていた大会でした。

「あれからの2年、3年は北米のMMAを追いかけ続けた年月でした。そこは自分のなかで貴重な時間だったと思います」

──本気で追いかけていたから、他の選択も見えたのかもしれないですね。

05 28 2005「佐藤天君とこないだ、こんな話をしたんですよ。『俺はADCCでホジャー・グレイシーにもマルセロ・ガウッシアにも触った。MMAでも当時のトップに触ってきた。ある程度、分かっていてわきまえている。だから、俺が世界一になるなんて軽々しくは言わない』と。

天とか本気だから、軽々しく言う人間に対してイライラするんです。でも、僕はもうそれもなくなった。天は本気でUFCで戦おうと思っているから、現状ではそれを口にできない。でも、そこまでやっていない人間がそういうことを口にすると怒っている。

若気の至りだし、口にして気運を高める必要もある。それが投機マネーを引き当てるわけですしね」

09 04 2011──そのような青木選手の現状があるなかで、イヴォルブMMAに所属を移し、ONEと契約してからも青木選手は最後はUFCで戦うつもりだと思っていました。強くなるためのイヴォルブ所属だと。

「僕自身、手応えを感じていましたよ。ハファエル・ドスアンジョスと練習したりしていた時期とか。今も気概という部分では、UFCという本物の場所で世界一の人間と戦う──それがワンマッチなら、何をしてでも勝ってやる。そういう気概は持っています。

ただし、それはあくまでも気概であって、『俺は世界一になるんだ』って口にするほど面の皮は厚くない。そこはわきまえています。格闘技が見えていると思っています」

──MMAは基本、興行側との契約がプロモーションに契約期間属するという形になっています。単独プロモーションがあって、UFC世界ライト級チャンピオンと青木でマッチアップしようという形の興行であれば、世界一を目指す?

「そうなると話は違ってきますよね。ただし、そうじゃないから口にしてもしょうがない。今の興行形態と経済指標を含めて、イヴォルブに入ってからも北米を追いかけ、日本を何とかできないかっていう部分でやってきました」

──実は……と(笑)。

「ハイ、実は。それは自分の好きなことをやりたいという想いに従っていたまでのことだったんです。そして、今も自分の好きなことをやり続けたいという気持ちでやっています。結果として、僕は世界一を決めるゲームにそこまで入り込んでいなかったかもしれないです。

その裏には僕が思っていた以上にMMAが進化した。そこは確実にあります。僕も気付けば13年、14年とこれをやって来て、それでも何とか追いついてやるっていう気持ちでやってきても、若い世代はどんどん育っている。

そこをシビアに見ているから、UFCでチャンピオンになるとか若い子が口にしようがムカつかないし、そこにムカつく天のような人間の気持ちも理解できます。でも、それこそ俺も年を取ったということじゃないのかと(笑)」

──……。

「格闘技業界で起こる事象に関して、心の底から腹を立てることがなくなったんです」

■『日本のMMA界にはホワイトカラーがいなくて、ブルーカラーもそこまで職人じゃない』

──ファイターとライターはキャリアのスパンが違うので、青木選手の方が早熟なのでしょうが、私は記者としてPRIDEやDREAMに対し、格闘技を格闘技として成立させるために違うだろうという想いがあり、腹を立てていました。ただし、RIZINにはそうならない自分がいます。

「う~ん……DREAMや戦極の時に、もっと何かができていれば、日本のMMA業界もこの状態になっていなかった……そう思います」

──全盛期と比較されて、他のTV番組との比較でなかったような気がします。若い世代のTV離れが始まった時に、DREAMの視聴率は向こうの業界の人も読み違えていた。10パーセントを越えるという状況をもっとポジティブに捉えるべきだったと思います。

「今、どれだけのドラマが10パーセントを切っているんだって話ですよね(笑)。あの数字は大したものですよ。TV制作自体に金をかけない時代、MMAは悪いコンテンツじゃないと思います。もうスティーブンスどころかメレンデスも関係ない話になっちゃいますけど、結局のところ業界がこのスポーツの勉強をしなかった。そこに尽きると思います」

──それはメディアとしても、同意せざるを得ない意見です。

「この業界って異常ですよ。だって、背広組がいないんですよ。ただ、UFCにはいる。MMAを知らない人間が、UFCを回している。そこにはMMAを分っている、MMAを愛している中心人物がいたからです」

──となると、日本のMMA界にはメディアも含めて、内側の人間もMMAを勉強していないことが多い。

「ホワイトカラーがいなくて、ブルーカラーもそこまで職人じゃない」

──う~ん、言い得て妙です。

Chatri「背広組のしっかりした人間、そして職人がこのスポーツの発展には必要なんです。それを僕に気付かせてくれたのが、チャトリ(シットヨートン。イヴォルブMMAオーナー、ONEチェアマン& CEO)だったんです。『シンヤ、俺はビジネスマンなんだ』ってチャトリが言っている意味が、最初は分からなかったけど。

チャトリの根底にはMMA、ムエタイ、柔術に対して愛がある。愛がある成功したビジネスマンなんですよね。そして東南アジアにMMAを根付かせた」

──凄いことです。一方で、PRIDE後の日本のMMAは完成したコンテンツとしてMMAを取り扱い、チャトリのように育てるという意識はなかったです。実はまだまだ浸透していないことが分かると、コンテンツとしてダメだという烙印を押し、MMAの面白さを追求することなく撤退する。その結果が今ですね。

「何が面白いか分かっていなくて、数字だけ稼げると期待しても無理なんですよ。こないだ、高島さんがAbemaとの仕事で三浦彩佳の取材をしていて、僕は『この人、プロレスラーだな。やることやっているな』ってホッとしたんです(笑)。共感しましたよ」

──いや、そこは何と言って良いのか……。月刊の雑誌がない。選手が露出する場がない。なら、自分のフィールドではないと思っていたところも、求めらるのであれば仕事をする──だけなんです。他と違う、彼女の一面を出して良いと了解を得ていましたし。

Takashi Sato「そりゃね、(若松)佑弥や天の取材をしてやれよっていう気持ちはありますよ。でもね、あれは共感しました。やっているなって。僕は乗れた。あれは背広組と職人のコラボレーション(笑)。だから、僕も何か若い選手のために役立たないといけないって思います。

業界に残る選手、人間のために何かできないかってマジメに考えるようになりました。このシリーズから何か発展させていきたい……そう思うようになってきました」

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