この星の格闘技を追いかける

【Column06】my dear Marloes

Loes【写真】プロMMAファイター生活16年と2カ月強。ついにマルース・クーネンが引退することとなった (C)BELLATOR

「私、日本に行ってShootoで戦いたいの。ルミナ・サトーみたいになるから」――2000年3月、ロッテルダム・アホイで行われた2H2Hを見に来ていた――マルタイン・デヨングの教え子の女の子に話しかけられた。長身でブロンド、透明感のあるブルーの瞳の持主は、外見だけなら憂いまで感じさせる立派な女性だ――けど、なんせ――その言葉使いは、子供丸出し。中学生か高校生かなと思いつつ、僕は微妙な笑みを浮かべた。

それがルース――マルース・クーネンとの出会いだった。

何を言っているんだろうな……、その無邪気で真っすぐな視線を真正面から捉えることはできなった。女子が修斗、総合格闘技で戦う基盤なんて、当時はなかった。

その後、ウィキに載っているような彼女のストーリーにわざわざここで触れる必要はないだろう。

「マナブ、やせ過ぎ。もっと太って。心配だわ」、なかなかグッドシェイプを保っていた頃、彼女はいつもそう言って14歳も年上の僕のこと気にかけてくれていた。そして、やばい太り過ぎだと思っている時は、「良かった。それぐらいじゃないとね」と安心して笑顔を見せる。いや、それはあなたのお兄さんのような巨漢に俺らはなれへんて――と内心苦笑いしていた。

お父さんは学校の美術の先生、巨漢&ひげ面のお兄さんも芸術家。そんな家庭環境に育った彼女は、あの出会いを境に師匠マルタインの伝手で、何度となく日本に短期滞在しMMA、修斗を学んだ。K’z Factoryの草柳和宏代表の実家、そして自分の家がその間のベースになっていた。

ウチの3人の娘はルースのことを「マルース姉ちゃん」と呼んで、まるでMMAには興味がない家内も含め、彼女の試合だけは動画をチェックしていた。勝てば喜び、負ければ一家が沈んでしまう。

そんな存在になっていたルースは、記者としての僕に最高の教鞭を振るってくれた一人だ。

2010年1月30日、サンライズ・フロリダ。ルースはクリスチャン・サイボーグとストライクフォース世界女子フェザー級王座を賭けて戦い、TKO負けを喫した。

その端正な顔に複数のカット、目の周囲は腫れあがっている。知り合って10年――記者として、情報通以上の存在感を誌面に表すことはできないが、彼女は僕にとって家族の一人、オランダの長女と髙島家では通っていた。

ボーイ・フレンドのウーモア・トロンペットと日本に来ては、ウチにやってきた。オランダに取材にいけば、僕は彼女たちのロフトで居候させてもらっていた。そんな彼女が目の前でボコボコにされ夢破れた夜――僕は勝者=サイボーグの取材をする必要があった。

プロ失格。でも、気は乗らなかった。マルタインやウーモアが「気にするな。取材に行け」と優しく背中を押してくれる。その優しさに僕は甘えて、感情を爆発させた。

「お前らなら、自分の娘を殴り続けた人間に『おめでとう』って笑顔で話ができるか?」。カウチにあったクッションをドアの方に投げつけた時――、僕は初めてルースが自分の部屋にやってきていたことを知った。

「マナブ、あなたは世界中を回って強い選手を日本に紹介してきたの。それがライフワーク。だから私は日本のダディに出会えた。クリスチャンのインタビューをしてきて。私はあなたのことを本当にリスペクトしている。世界で一番の彼女の取材をするのが、日本のダディの役割だから」

氷嚢で目を抑えながら――彼女はハグをしてきた。正直、これを書いている今も涙腺は決壊してしまう。あの時は泣き崩れた。そして、3人の強い意志の宿った目に見送られて、僕はフジマール・フェデリコの部屋へ行き、サイボーグにインタビューをした。

サイボーグの目がまん丸で、凄く愛嬌があることが分かった。料理好きだと知った。

僕は記者である前に人間だ。だけど、僕のその人間性にはプロとして尊敬すべき格闘家、頑張っている人間を紹介する職業を持つというコアがある。どれだけ頑張っていても、ダメだと思ったから、その気持ちを文字にする。反感を買い、取材拒否という事態になっても自分の想ったことを記事にする。でないと、僕らの言葉は届かない。

凄く面倒で、もう空気を読んだ方が楽だって――何度も思った。もう、嫌だと捨て鉢になりそうになったことは数知れない。

でも、そのたびにルースの目を冷やしていた氷嚢の冷たさ、ハグをされた際に頬に触れた冷たさを想いだす。そして、自分のやるべきことを人間として全うしようと奮い立たされる。

ルース、本当に長い間――お疲れ様。もう、大手振るって――色んなところに出掛けよう。まずは3週間後、家内と長女のアムスでのアテンド、お願いします。

※今は関西に滞在中で、マルース・クーネンを振り返る写真は帰京後に掲載させていただきます。

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