この星の格闘技を追いかける

【on this day in】10月11日──2003年

11 10 03【写真】19歳のヘナー。今や父に代わってグレイシー・アカデミーのスポークスマンとなった彼も初戦敗退。積極的に動き、ガードで守るヒーロンとは対照的な動きを見せ、グレイシー柔術の幅を感じさせた(C)MMAPLANET

Ultimate Submission Showdown
@カリフォルニア州トーランス、ジェイムス・アームストロング・シアター
「ホリオン・グレイシーといえば、泣く子も黙るグランドマスターの長男。グレイシー柔術の商標を持ち、UFCの創設メンバー、今やグレイシーダイエットの伝道師として溌剌とした人生を歩み続けている。そんなホリオンが開いたプロ・グラップリング大会は、柔術やMMA社会の人間の記憶にほとんど残っていないはず。アルティメット・サブミッション・ショーダウンは五味×BJの翌日にグレイシー・アカデミーのお膝元トーランスで開催され、僕はLAXより試合会場に直行した。8人参加のグラップリング・トーナメント、UFCがルール無しを謳ったのに対し、USSはとんでもなく複雑なレギュレーションが用いられていた。時間無制限、一本か12P先取で決着。ポイントはマウントとバックマウントが4P、パスガードでなくサイドマウントで3P、リバーサルは1Pというもの。テイクダウンは加点されずスタンドが続くとレフェリーがコイントス。当たった方の選手がトップかボトムを選択し、3分間ポイントが入らないと、ボトムを取った方に1Pが与えられる。つまり3分ごとにレフェリーが試合に介入し、自動的に上下が入れ替わることになる。さらに体重が15ポンド軽い選手は予め1Pを持ち点とし、25ポンド差では2‐0からスタートできる。なんともはや……。ホリオンは長男ヒーロンと次男ヒーロンを出陣させたもののヘナーは初戦でデイヴィッド・アベランに。ヒーロンは準決勝でトラヴィス・ルターに敗れた。体が細く、ディフェンスに長けた肉親用ルールとしか思えなかったけど、ヒーロンもヘナーも勝てず優勝はルターに、それでも、ホリオンは『グレイシー柔術が世界に広まった結果だ』と高笑いできる。ホリオン・グレイシーの人生に敗北の2文字が刻まれることは決してないのである」

on this day in──記者生活20年を終えようという当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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