この星の格闘技を追いかける

【on this day in】9月21日──2010年

21 09 10【写真】メディアの端くれとして、読者が『誰だ?』となってしまうかもしれない人々、格闘技って、そういう人々に支えられていることを忘れちゃいけないと思っている(C)FIGHTISLANDS

Tanabe san & Okuyama kancho
@大阪市北区、阪神梅田駅
「実家のある街に一本で戻ることができる――そんな僕の都合で、田辺敦史さんと奥山孝司館長が日常生活のなかで利用する必要がない阪神梅田駅に来てくれた。そしてホームのワキにあった飲食店街(今も残っているのか不明)で、話を聞かせてもらった。田辺さんが2005年から開いていたPower Gateで、僕は格闘技観が変わった。奥山館長の理想は、僕にとっての理想のMMAであり続ける。六角形のリング、パウンドなし――パワーゲートに出ているほとんどの選手が首都圏とのつながりを持つイベントに出るレベルにない技量の持ち主だった。そこから強くなる選手、この場にとどまる選手。格闘技との向き合い方は十人十色、だから日々、実力云々でなく汗をかいている選手達が、パウンドなしルールで戦うために、ドクターの陣取る大会で入場曲と共にリングインし、コールを受ける。そんな格闘技があっても良いと教えてもらった。ただ田辺さんはスバ抜けて格闘技が好きだから、09年12月にケージを導入しRising onの開催に踏み切った。奥山館長は成蹊館という道場で空手を指導していた。正道会館のカラテ・ワールドカップでベスト8になっているけど、剛柔流も嗜む伝統派マインドの持ち主。自らMMAを戦った奥山館長は一撃筆倒という理想を持ち、出入りとカウンターを重視し指導をしていた。そして、09年8月からStrikerという自主興行内で、寝技で関節技が禁止されパウンドのみという試合を実施。MMAと伝統武道の交流を図った。そして、この年の初めにSpartan――ストライカーのルールの試合をケージで行う大会も主催した。あれから5年、ライジングオンもスパルタンも残っていない。メディアとして何の役にも立てなかった。それでも、彼らと関わっていた関係者、選手が今も活躍している。HEATもACCELも頑張っている。縦への伸長に目が向きがちな現状のなかで、横への拡幅も追及しなければならない――と、改めて思う次第だ。一度、頓挫しているけど……」

on this day in──記者生活20年を終えた当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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