この星の格闘技を追いかける

【on this day in】9月03日──2011年

03 09 11【写真】流血のフォラヤン、フィリピン人ファイターとの出会いはある意味、ショックだった(C)MMAPLANET

ONE Championship 01
@シンガポール・カラン、シンガポール・インドアスタジアム
「頭蓋骨と脳みそとの間にうすい膜が覆っている──そんな気がするほど頭がボォッとした状態でシンガポールのホテルにチェックインした。確か試合当日の午前3時とか4時になっていたと記憶している。成田からチャンギじゃ普通、こんなには疲れない。でもあの時は成田を発つ3時間前にリオから日本に戻ってきたばかりだった。ヒューストン経由でトランジットは7時間ぐらいあったか……。成田に着いた時は既にリオを出てから30時間以上経過していて──よほどユナイテッドでなく、京成スカイライナーに乗りそうになっていた。にも掛からわらず、ONEの第1回大会を取材して本当に良かったと思っている。格闘技記者人生のなかで出会いの数は何百とあった。でも、何かを気付かされること、目が見開かされる想いがするような出会いは数えるほどしかない。その一つがONE旗揚げ戦のメイン、ライト級のクォン・アソル×エドゥアルド・フォラヤン戦だった。クォン・アソルの強さは知っているつもりだ。そのアソルが打ち負ける。首投げで大きく体を浮かされる。彼を破った選手は初めて目にするネイティブ・フィリピン人MMAファイターで、散打がベース。いかにも荒削り。MMA、MMAしないファイトに目を奪われた。褐色の肌、躍動感あふれる肉体美を持つフォラヤン。肉体的な強さは欧米人に通じ、翌日にインタビューをするとアジア人らしい、凛とした芯を持っていた。加えて彼だけでなくチーム・ラカイのメンバーは究めてソフトな立ち振る舞いをする。フィリピンはアジアのブラジルになると直感した。この直感は的中したとは言い切れない、それは外的要因も多い。ONEとの契約で、かの国のトップファイターはUFCで戦うことができない。そして年2回のフィリピン大会のレギュラーと化しつつある。皮肉にも彼らと引き合わせてくれたONEが世界に出る足枷となっている。日本も彼らに目をやる余裕はない。あれから4年が経ったが、彼らの強さ、可能性を信じている。その魅力を伝えきれない自分の力不足が歯がゆい」

on this day in──記者生活20年を終えた当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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