この星の格闘技を追いかける

【on this day in】8月03日──2005年

03 08 05【写真】帯だけでなくキックバッグ、あるいはストンピングやサッカーボールキックを入れる危なすぎる帯叩きがシュートボクセで見られた(C)MMAPLANET

Chute Boxe Academy
@ブラジル・パラナ州クリチバ、シュートボクセ・アカデミー
「自分の過去をなぞると、一度の海外取材で何件も印象に残る取材を行っている場合がある。その一つが05年の7月から8月に掛けて行ったブラジル取材だ。先月は写真を探す時間が取れず、当コラムに書くことができなかったがファビオ・グージェウ、オズワルド・アウベス、ヘイラ・グレイシー、何よりもペトロポリスを訪れエリオ・グレイシーの取材を行った。8月になると、BTTやシュートボクセ、さらにはマナウスに初めて足を延ばした。ブラジリアン柔術の源流と(10年前の)MMAの最前線を巡る旅だった。実はこのブラジル行の直前まで、僕はPRIDEから取材拒否されており、ミノタウロなんかは『リオでしか会わない、不思議な関係だよな』など笑っていたものだ。BTTのブッカーはU女史で、PRIDE本体とは関係なく現地でどんどん取材してくださいというスタンスだったから、ブラジルへ行くたびに彼らのインタビューを重ねていた。一方、シュートボクセのエージェントのK氏からは忌み嫌われており(※今ではそんなことないですよ)、クリチバを訪れたのは実に4年振りだった。4年前はNumberの取材で、担当のYさんは相当Kさんとやり取りを重ねたうえで、僕に仕事を依頼してくれた。当時のゴン格のM編集長は『良いページを創っていればPEIDEだってKさんだって高島さんのレポートが必要になり折れる。そうなるとPRIDEの原稿書いてもらうから』と言ってくれていたけど、この後もPRIDEに関しては取材拒否が続いているという形にしてもらった。一つの巨大イベントの仕事を多くのライターで分け合う(奪い合う)よりも、他の仕事が自然に回ってくるほうが実入りが良かったから、だ(笑)。晴れてシュート卜ボクセを訪れることができたこの日、写真にあるようにめちゃくちゃな帯叩きが行われていた。PRIDEを懐かしむ声は多いけど、僕は違う。ただし、UFC全盛の影響で急激に成長したブラジルのMMAよりも、PRIDE全盛期のブラジルのMMAの方が、なんだか『らしかったなぁ』と凄く懐かしい」

on this day in──記者生活20年を終えた当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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