この星の格闘技を追いかける

【on this day in】6月03日──2009年

03 06 09【写真】あまりそんな風に伝わってくる写真ではないが、足関節を指導するときのエリックは本当に溌剌としているように見えた (C)MMAPLANET

Erick Paulson in CSW
@カリフォルニア州フラートン、コンバット・サブミッション・レスリング
「関節技が含まれたレスリングの呼称は、今やサブミッション・レスリングより、キャッチレスリングという名前の方が広まった感がある。もちろんジョシュ・バーネットの活躍によってだ。MMAの創世記を知る世代としてはキャッチレスリングよりも、サブミッション・レスリング、あるいはサブミッション・ファイティング、そしてシュート・レスリングという言葉の方がしっくりとくる。修斗が米国に進出を果たした際、SHOOTOでは意味が通じにくくSHOOT WRESTLINGという名を用いた。UFCもMMAも始まる前、修斗では何のことが絶対に米国人に理解されなかったに違いない。藤原組でUWF系プロレスを経験したバート・ベイルがフロリダでイベントを開催した際にSubmission Fightingを名乗った。サブミッション・ファイティングからそのベイルが、シュート・レスリングからエリック・パーソンが黎明期のMMAに出場している。記憶にはキャッチレスリングを名乗ったファイターは、当時はいなかったと思う。だから、文献に残っている由緒ある名前よりも、実際に目にしたこれらの名称の方がしっくりとくる。修斗と藤原組、シュートとシュートスタイル・プロレス――似て非なるモノだが、元を辿れば源流を新日本プロレスに置き、どちらもキャッチレスリングよりも、日本の香りがするスタイル名だ。競技×競技の時代、この日本的なスタイルのみが打撃と組み技=関節技を接合させていた。MMAとの違いはテイクダウン=レスリング、トランジッション=柔術の概念がはっきりと確立されていなかったこと。エリックは柔術も習得中だったが、彼の関節の仕掛けはまさにセンセイ・ヨリナガ流。それは2007年に7年振りに(最後)の実戦の舞台に立った際のフィニッシュの腕十字でも明らかだった。ジークンドー、柔術、修斗を学んだサブミッション・レスラーはしっかりとMMAを消化し、その遺伝子を自らのジム=コンバット・サブミッション・レスリングで後世に伝えている。そして、足関節を指導するとき、一際その瞳が輝くと感じているのは僕だけだろうか……」

on this day in──記者生活20年を終えようという当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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