この星の格闘技を追いかける

【on this day in】3月29日──2014年

29 03 14【写真】このとき、ホイラーは声を漏らしていたのだろうか……。この表情、叫び声をあげているようしかみえないが、これだけ苦悶の表情を浮かべながらタップをしないホイラーの意地も素晴らしい (C)METAMORIS

Metamoris 03
@カリフォルニア州ピーターソン、オートモーティブ・ミュージアム
「2003年のADCC世界大会前日、その早朝にサンパウロ入りした僕は真っ直ぐ計量会場に向かうと、ふりちん姿で体重計に乗っている選手がいた。彼がこの世界に名を残す大仕事をやってのけるとは思いもしなかった。エディがホイラーを三角絞めで破った直後、彼は電話インタビューでは『ツイスターっていう俺の代名詞もある。これからは10th Planet柔術を大きくしていく。俺の職業は柔術家になった』と語っていた。2年後、エディはADCCを欠場し、畳の上でツイスターは反則となり、ディープハーフやレスリングと柔術が融合したカリフォルニア&アメリカン柔術の時代を迎えていた。さらに時が進むと、50/50ガード、ベリンボロとダブルガード時代に突入、さらにさらにワームガードが話題になる頃、エディとホイラーは再戦を行った。人は常に新しいモノに目が移りやすい。この一戦を回顧路線(戦?)で終わらせなかったのは、エディが11年の間に磨き続けた技術でホイラーを圧倒し続けたからに他ならない。痛みを解除していくと、スイープを完成されてしまう──ロックダウンからエレクトリックチェアーの流れの見事さ。何よりも素晴らしいことは、エディ・ブラボーは柔術界の突然変異種などではなく、アカデミーに行けば教え子たちが皆、エディ流テクニックを使いこなしている点にある。ばかりか教え子達がミートフックやヒンディ・チョークまで世に生み出している。ノーポイント柔道、ノーポイント・レスリングなんてないなか、柔術には色んなルールが存在する。だから世に浸透しないし、五輪競技になることもない。けれども技術改革は止まらない。柔術の素晴らしさをエディはホイラーを追い込むことで証明した。これも彼流グレイシー礼賛に違いないなんていえば、綺麗にまとめ過ぎだろうか……」

on this day in──記者生活20年を終えた当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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