この星の格闘技を追いかける

【on this day in】3月13日──2012年

13 03 12【写真】厳しい目つきとは裏腹に礼儀正しく、理路整然と話せることに驚かされた (C)MMAPLANET

Yusuke Kawanago in Akimoto Dojo
@神奈川県相模原市、秋本道場Jungle Janction
「八王子で金原正徳を取材し、なんだか分かりやすいようで本当に分かりづらかった八王子バイパスを南下。相模原にある秋本道場で、17日後にインドネシア・ジャカルタで開催されるLegend FCで、同地のヒーローといえるフランシーノ・チルタとのLFCアジア太平洋フェザー級王座決定戦に挑む川那子祐輔を取材するはずだった。はずだったというのは、川那子の取材ができなかったわけではない。なんと、取材当日に川那子陣営にフランシーノ・チルタが盲腸を患い、試合出場が不可能に。しかも、チルタ人気が目当てだったジャカルタから開催地が香港に変更するなど、情勢の変化に何度も国際電話が入るという異様な事態のなかでのインタビューとなった。修斗でなかなかプロに昇格できなかった川那子は、パンクラスを選択し、王座を狙う位置までたどり着いた。ただ、川那子はここでレジェンドFCを選択、将来はUFCで戦うことを目標に置いていた――そのステップアップ方法が非常に稀だということで取材を行った。僅か3年前の話、だ。日本のプロモーションで王者にならず、アジアへ出る――ごくごく普通の情景になった。川那子が口にした「最短距離で進んでいきたい」という言葉を実行するファイターの数は圧倒的に増えた。ただし、UFCにたどり着いたのは田中路教ぐらいだ。アジアの壁が高く、厚くなったのはレジェンド活動停止後、ONEを選択した川那子も身をもって体験した。ONEでもROAD FCもPXCも容易く勝ち星を挙げることはできなくなっている。加えて、定期的に試合が組まれない問題も浮き彫りになり、アジア進出は過渡期を迎えている。最短距離を走るつもりが、回り道の連続となった川那子。ファイターは試合をしてナンボ。ランキング上位は海外勢に占められるようになった古巣に限らず、彼の国内・再登場を心より願う」

on this day in──記者生活20年を終えた当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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