この星の格闘技を追いかける

【on this day in】12月26日──2013年

12 26 13【写真】去年は細川君とダ・ジャガーの取材をさせてもらった。今年は家内の実家が建て替え中で、名古屋への帰省はなし。光の帝国リーダーから、櫃まぶしをご馳走になる機会をまたも逃すことになる…… (C)MMAPLANET

Alive Academy
@名古屋市東区、Alive本部
「去年の今日、Aliveで柔術代表の細川君の取材を初めてさせてもらった。『発の取材じゃなかったんですか?』と言う第一声が印象に残っている。アライブのある名古屋には3年弱、住んでいたことがある。ただ、26年の人生で感じた3年と、47歳になってから感じる3年間はまるで長さが違う。大学を卒業し務めた会社が名古屋の郊外にあった。赤池の山田サンボスクールに通い、道場で一緒に汗を流す友人たちとの出会いから、安田拡了さんと知り合うことができた。あの名古屋での日々がなければ、公私共に今の自分の人生はない。彼の地で付き合いだした女性に(きっと)生涯の伴侶になってもらったこともあり、年末年始には名古屋に帰省する人生を送るようになった。そのたびにアライブに寄せてもらって、取材をすることが恒例となっている。年末だったか、年始だったか覚えていない。家内の実家を出て、200メートルほど歩いていると、なんだか明るい光に導かれた(笑)。それがアライブだった。練習後だったか練習前だったかも覚えていない。指導者と一人の教え子が仮面ライダーのビデオを見ていた。サンボ時代の友人である嘉見君と柔術の試合に出ていた梅村君が在籍し、シュートボクサーの坪井さんがいたことで、勝手ながら僕には身近なジムになった。日沖や小笠原さんも在籍していたに違いないが、あの場所にあった時は顔を合わせた記憶はない。もう13、14年も前の話だ。僕は名古屋、愛知、東海三県の住人じゃない。中京の格闘技界にとっては稀人のようなモノだと自覚している。そんな外野だからこそ、今、たった一つのことだけを願い、あの頃のアライブの面々が一致団結してほしい──とお節介にも願っている」

on this day in──記者生活20年を終えようという当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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