この星の格闘技を追いかける

【on this day in】11月28日──2002年

11 28 02【写真】若くて細いチアゴ・ピッチブルの右ストレートがファービオ・オランダの顔面を捉える。レフェリーは自らの名がイベント名となったアマウリ・ビテッチが務めている (C)Marcelo Alonso

Bitetti Combat Nordeste01
@ブラジル・リログランジドノルチ州ナタウ、ジナーシオ・マシャジーニョ
「リオデジャネイロは柔術のメッカ、そしてバーリトゥードの聖地でもある。ただし、そんなリオよりもずっと頻繁にバーリトゥードが行われてきたのがブラジル北東部、ノルデスチ地域だ。ただし、柔術が根付いていたリオのソレと比べると、『技術のない野蛮な戦い』という見方が長くなされてきた。その後、徐々にノルデスチからも聖地で柔術を学ぶファイターが現れ、技術をこの地に持ち帰るようになる。するとリオの選手たちが『野蛮』と称していたノルデスチのファイターは、体力に優れたポテンシャルをフルに生かすようになっていく。そして、1990年代を代表するMMAファイター=アマウリ・ビテッチの名を冠した大会が、ノルデスチで開かれると柔術経験のなり細身のキックボクサーが、BTT所属のファービオ・オランダのテイクダウンを潰し、打撃を集中させて判定勝ち──金星を挙げた。長期間アムスなど欧州でキック修行を積んだエベラジオ・フェイトーザの下でムエタイのノウハウと、倒されない&倒されてもすぐ立つ戦いを研磨したチアゴ・ピッチブル・アウベス。この勝利から半年後、彼は第2回大会でカルロス・インジオを破り、ノルデスチのフォルタレーザを離れ、フロリダ・ATTに旅立つこととなる」

on this day in──記者生活20年を終えようという当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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