この星の格闘技を追いかける

【on this day in】11月22日──2003年

11 22 03【写真】第9試合に出ていたのはステファン・ボナー。ブラッド・リンディという選手を1R4分10秒でRNCにより下している (C)MMAPLANET

Ironheart Crown 06 : Inferno
@インディアナ州ハモンド、ハモンドシビックセンター
「エリック・ムーンというハワイでグレイシー柔術を学んだドクターの卵が、シカゴでインターンとして働いていた。無類のMMA好きの彼はアスレチックコミッションがMMAを認めてないイリノイ州にあってパウンドのないルールでアイアンハート・クラウンという戦いを開催した。99年11月のことだ。大会は成功を収めたもののパウンド無しにどうにも物足りなさを感じていた。パウンド有りの試合を組むために、彼はシカゴから車で30分というセリフを謳い文句に、州境を越えお隣のインディアナ州ハモンドで大会を執り行うこととなった。ハモンドは……ガラも治安も悪い街だ。正直、イメージは良くない。ただし、ムーンの想いは選手の希望でもあった。結果、米国第2の都市圏から質の高いファイターが集まり、年に2回の開催が限度だったIHCだが、質の高いイベントとして通るようになった。その後、修斗と合体しムーンは2003年11月より、ハモンドで修斗公式戦を組み続けた。そして──2008年にイリノイ州でついにMMAが認可され、ムーンは念願だったシカゴでパウンド有りの大会を開いた。しかし、ライセンス取得に掛かる費用が膨大になり──結局はMMAのプロモート活動はストップせざるを得なくなった。再開時、『ケージで修斗公式戦を開きたい。リングじゃ選手が出たがらない』と訴えていたムーンのことを、このところどうにもよく思い出してしまう」

on this day in──記者生活20年を終えようという当サイト主管・髙島学がいわゆる、今日、何が起こったのか的に過去を振り返るコラム。自ら足を運んだ取材、アンカーとして執筆したレポートから思い出のワンシーンを抜粋してお届けします。

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