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【Column】「グレイシーっぽくない、最強のグレイシー」

2011.10.10

Roger
【写真】2005年7月、ホジャー・グレイシーは約束から40分ほど遅れて、グレイシー・バッハに現れた。今から6年前、グレイシー柔術創始者で祖父のカーロス・グレイシーのポートレイトの間に立つ、少し初々しいグレイシー最強の男

※本コラムは「格闘技ESPN」で隔週連載中の『10K mile Dreamer』2011年6月掲載分に加筆・修正を加えてお届けしております
文・写真/高島学
 
ブラジリアン柔術世界大会=ムンジアルが、ロサンゼルスで開催されるようになって5年が経過した。柔術人口の増加とともに、黒帯の数が年々増え、トーナメントの規模は大きくなるばかりだ。

グレイシー柔術を創始したカーロス・グレイシーの八男で、国際ブラジリアン柔術連盟代表のカーロス・グレイシー・ジュニアの『柔術の世界的普及を促すには、ムンジアルを米国で開催するのが一番』という読みは、見事に的中した形になった。

日本人柔術家にしても、直行便で片道24時間、その直行便も今は就航されていないブラジルで行われた世界大会と比較すれば、LAの世界大会への参加者は飛躍的に増えている。


確かな成長の跡を示すブラジリアン柔術だが、その裏で、今もリオデジャネイロの雑多な街中にあったチジューカ・テニス・クルービーで開かれていたころのムンジアルが懐かしくてしょうがない。

6面敷かれたマット。会場入り口から捉えると、左側一番奥のマットの前は、VIP観覧席というべき特別席が存在した。背もたれのついたシートには、連盟代表カリーニョス以外のグレイシーの面々や、そのカリーニョス率いるグレイシー・バッハと縁の人物が陣取り、一族やバッハ勢への応援で、声を枯らしていた。

決勝が行われる日曜日に集まった3000人を越える観客は、グレイシー・バッハと、その他のアカデミーの対戦になると、一斉にグレイシー・バッハ勢にブーイングを送った。創始者一族が、何ら尊敬されず目の敵にされている一種、異様な空間。

レフェリーたちも、尋常でない状況に度々ミスジャッジを犯した。グレイシー・バッハ所属で、グレイシーの嫡男ホジャー・グレイシーが、茶帯時代からのライバル=ホナウド・ジャカレと無差別級決勝を戦った04年と05年のムンジアルは、今も強烈な印象を残している。

04年、リバーサルを許したホジャーが、その後、腕十字でジャカレの腕を破壊。組みつくこともできないジャカレだったが、そのまま腕をブラリと垂れ下げたまま、タイムアップまで足を使って逃げ続け、2-0で勝利を収めた。

この裁定が下った直後、グレイシー特別シートから、ホジャーの母ヘイラ・グレイシーと、叔父ヒリオン・グレイシーが飛び出して、審判や審判部長に噛みついた。逃避行為に注意やペナルティを与えなかったことに関して、言葉では書き記せないような剣幕で、彼らは抗議を続けた。その甲斐なく、裁定が覆ることはなかったが、反スポーツマンシップな行為に対し、グレイシー一族特有の勝利への執着心と、ある意味、妙に納得してしまっている自分がいた。

敗れたホジャーは一切、レフェリーに抗議は行ってない。母や叔父に抗議を任せる姿は、端正な横顔も手伝って、どこかお坊ちゃん的な印象を持ったものだ。

ホジャーの父マウリシオ・ゴメスは、伝説の最強グレイシー=ホーウスが遺した5人の黒帯の一人で、母ヘイラがグレイシーの一族の血を受け継いでいる。そのせいか、従兄弟にあたる一世代の上のヘンゾやハイアン、またいとこのヒクソンやホイスのような好戦的な顔つきではなく、いとこ姪にあたる同年代のキーラの方が、よほどグレイシー顔をしている。

翌05年、またしてもムンジアル最終試合でジャカレと対戦したホジャーは、今度は明らかに審判のミスジャッジで、テイクダウンのポイントを失い、またも無差別級準優勝という結果に終わった。この時も怒り狂う母と叔父をよそに、彼自身が審判に抗議することはなかった。

ただし、階級別=スペールペサード級では表彰台で金メダルを首に巻いたホジャーだったが、どれだけその名をアナウンスされようが、無差別級の表彰式に参加することもなかった。その理由を「あそこで表彰台に上がったら、敗北を認めたことになる。僕は負けてない」と、ホジャーは淡々と語っていた。

Roger Gracie【写真】MMAデビューは2006年12月、カナダはバンクーバーで行われたジョーク=ボードックだった。日本の戦極を経て、ストライクフォースで活躍中のホジャーは、虎視眈々とライトヘビー級世界王座を狙っている

あれから6年、ロンドンに自らのアカデミーを二つ持ち、子供も授かった。グレイシーの男子特有のRで始まる名前でなく、トリスタンという名を息子につけた。

そして、ムンジアルに出場しながら、ストライクフォースで無敗のMMAキャリアを重ねている。

グレイシー特有のエゴもアクの強さも感じさせないが、一本芯が通ったストレートな感情の持ち主、それが現代の最強グレイシー、ホジャー・グレイシーだ。

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