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【OCTAGONAL EYES】ハファエル&ヴァンダレイ

Chute Boxe 1999
【写真】1999年11月、ブラジルはクリチーバのシュートボクセ・アカデミー。左からヴァンダレイ・シウバ、ジョゼ・ランジ・ペレ、ハファエル・コルデイロ。そしてフジマール・フェディリコ会長。ペレは現在、カナダのバンクーバーで同じブラジリアンのビビアーノ・フェルナンデスと行動を共にしている

※本コラムは「格闘技ESPN」で隔週連載されていた『OCTAGONAL EYES 八角形の視線』2010年3月掲載号に加筆・修正を加えてお届けしております

文・写真=高島学

2月6日、土曜日。米国太平洋岸時間の午前11時。ラスベガスの一大歓楽ホテル街からルート15を隔てた西側にあるヴァンジ・ファイトチームで、ヴァンダレイ・シウバの練習を見させてもらいました。

練習マットに足を踏み入れると、大声で私の名前を呼び、笑顔で握手を求めてきてくれたのはハファエル・コルデイロ、その人でした。

古くからのMMAファンは、90年代終盤にブラジル最大のMMAイベントIVC(インターナショナル・バーリトゥード・チャンピオンシップ)のライト級王者で、99年12月に今はなき東京ベイNKホールで開催されたバーリトゥード・ジャパン99で佐藤ルミナと対戦した彼の名前を覚えていることでしょう。

あるいは、PRIDEマットを制圧した最強ブラジリアン集団=シュートボクセ・アカデミーの名参謀として、ヴァンダレイ・シウバ、マウリシオ・ショーグン、アンデウソン・シウバ、ムリーロ・ニンジャらのセコンドを務めていた人物――と書き記した方が、通りがよいかもしれません。


ハファエルは卓越した運動神経の持ち主で、ブラジルのムエタイ界で頭角を表し、米国でUFCが始まると、当時ではタブーとされた柔術のコーチを招き入れ、いち早くブラジリアン柔術茶帯を習得。寝技か打撃かというワンディメンションだったブラジルのバーリトゥード界にあって、最も早く総合的な動きを実践したファイターでした。

現役選手として、世界を制する夢を持っていたハファエルですが、佐藤ルミナ戦の思わぬ敗戦により、彼はコーチとしてシュートボクセのファイター達の育成に、その後の人生を賭ける選択をしました。

当時、彼がカテゴライズされるライト級=70キロ前後のクラスは、UFCでもバンタム級として、1年間に数試合が組まれる程度。ビジネスとして、成り立っているウェイトクラスではありませんでした。

そんな背景もあり、ハファエルは26歳で現役引退を決意したのです。

99年のルミナ戦前、私は初めてクリチーバのシュートボクセ・アカデミーを訪れました。訪問目的には、VTJ99を中継するSAMURAI TVに必要な映像を、素人ながら撮影するという仕事も含まれており、CX系のPRIDEをホームリングとするヴァンダレイの姿が映像に映り込むと、どのような軋轢が起こるか予想もつかない状況(そんな時代だったのです……)だったので、撮影時にはトレーニングからフレームアウトしてもらうことにしました。

不思議そうで、かつ残念そうなヴァンダレイの表情を今も覚えています。

その後、01年5月には一般スポーツ総合誌の仕事で、05年8月には格闘技専門誌の仕事で、クリチーバの彼らの下を訪れました。

3度目の訪問の際、強く印象に残っているのが、シュートボクセのプロの面々が、一般練習生と一緒にムエタイ、柔術、レスリングのクラスに顔を出していたことです。試合直前のファイターも例外なく、一般生と汗を流し、その後、各々のパーソナルの練習を各インストラクターとこうじていました。

99年はまだ柔術家は柔術、キックボクサーはキックの練習をする――という時代から、ようやく一歩踏み出し、クロストレーニングという言葉がブラジルで聞かれるようになった直後で、プロとアマチュア、一般練習生の境目がどこかも判断がつかない時代でした。

05年といえばPRIDEはピークタイムを迎え、ヴァンダレイやショーグンらはクリチーバの街で知らぬ者がいない。そんな存在になっていたにも限らず、彼らが一般のクラスに顔を出していたことが、ものすごく意外に感じられたものです。

2010年、ヴァンダレイが身を置くUFC、MMA界は以前とは比較にならないほど、プロフェッショナルな世界に変化を遂げています。打撃、グラップリング、レスリング、フィジカル部門に専門のコーチを置き、トップファイター同士がスパーリングで日々鍛錬する。一般練習生が、そのトレーニングにオメオメと足を踏み入れるとなど、考えられない特別な環境が必要になっています。

自らの名を冠したヴァンダレイのジムも、空気濃度を調整し、高地トレーニングが実戦できるハイ・アルティトゥード・ルームという最先端をいく設備が整っています。

にも関わらずヴァンダレイは、一般練習生に交ざり、ハファエルの叱咤激励を受け、汗を流していました。一般練習生の前でスタミナを切らして、音をあげることなど、絶対に許されません。自ら先頭を切って、練習をリードしていきます。

富と名声、これ以上ない成功を収めたヴァンダレイ。勝利を渇望しても、どこか満ち足り、自分に甘くなっていたかもしれません。そんな時、彼は同じく米国に渡り、自らのアカデミーを興したハファエルに助けを求めました。

現役から身を引いて10年、ヴァンダレイに指導するシングルレッグからダブルレッグの連係を見て、改めてハファエルの天才振りには舌を巻くだけです。金網を利用したケージレスリングをしっかりとモノにしているハファエル。

「今からもでも現役に戻れるんじゃない?」と彼に話しかけると、「じゃあ、ヴァンダレイはどうする?」と破顔一笑。目元クッキリのヴァンダレイ、リッチ・フランクリン戦で見せた往時の気迫、怖さがビスピン戦では、さらに増幅されていることは間違いないでしょう。

テイクダウンなど技術面だけでなく、トップファイターとしての自覚、そして、一般練習生とプロの境界線も曖昧だった時代に彼らが誰よりも持っていた――ガツガツとしたハングリー精神を、ハファエルによって再注入されたのですから。

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