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【OCTAGONAL EYES】ジェンズ・パルバー

2010.04.20

【写真】1999年9月のUFC22に出場した後、ジェンズ・パルバーは修斗のオファーを固辞し、2000年1月15日、当時の新興MMAプロモーション=WEFのジョージア大会に出場。彼が辞退した修斗のオファーを受け、佐藤ルミナと対戦したフィル・ジョンズを僅か33秒KOで下した。

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※本コラムは「UFC日本語公式モバイルサイト」で隔週連載中『OCTAGONAL EYES 八角形の視線』2009年9月掲載号に加筆・修正を加えてお届けしております

文・写真=高島学

皆さんが、今回のコラムに目を通すころ、もうUFCファイトナイト『ディアズ×ギラード』は終了してしまっているでしょうか。実は私はPPVよりも、ファイトナイトの方が楽しみ――ということが少なくありません。

なぜか?ファイトナイトでは面白そうなライト級のマッチアップが目白押しだからです。大排気量で直線に強い車よりも、クィック・レスポンスで小回りが利く、贅沢をいうならトルクのあるライトスポーツ好きは、MMAも車も変わりありません。


厳しい見方をすれば、ヘビー級やライトヘビー級では世界の頂点に立つ可能性のある日本人、いや最前線で戦う可能性を持った日本人ファイターが皆無なのに対し、ライト級は今、オクタゴンで戦っていないファイターも含め、日本は人材の宝庫だといえます。

UFCファイトナイトでは、日本人が頂点に立つ可能性のある階級、そのトップを目指すファイター達の真っ向勝負を多く目にすることができます。

そんなライト級の試合を見ているとき、一人のファイターとのやり取りが思い起こされます。

UFCにライト級、当時はバンタム級と呼ばれていた軽量級を持ち込んだジェンズ・パルバーが、ライト級王座初防衛戦を終えた会見場での会話です。

99年秋にアルフォンソ・アルカレイツとのテストマッチで、UFCデビューを飾ったジェンズは、米国MMA界自体に軽量級が定着していないこともあり、WEFというプロモーションと交互でUFCに出場していました。

その間、当時では世界でも稀だった軽量級中心のイベントを展開している日本の修斗からのオファーを受け固辞した――、最初の米国人ファイターだったと記憶しています。

【写真】ジョンズを下した直後、ケージサイドで観戦していた佐藤ルミナを指差したジェンズだったが、日米・軽量級のカリスマが、その後もリングで向かい合う機会はないまま、9年半の月日が流れた。

いずれ軽量級が北米にも根付くと判断し、北米よりもレベルの高かった日本で戦績に傷つかないよう配慮した、マネージャーのモンテ・コックスの先見の明にも恐れ入ります。

その後、ジョン・ルイスを下し、その日本の修斗のベルトを返上した宇野薫との王座決定戦を制し、UFC初代ライト級王者にジェンズは輝きました。そして、初防衛戦となったデニス・ホールマン戦で、彼はいわゆる結果を大切にしたノンリスキーファイトに徹していました。

マンダレイベイ・イベントセンターという最高の会場で行なわれた初めてのライト級選手権試合、私は「この階級を定着させたいなら、今日のような試合内容じゃだめなんじゃないか」と、日本の格闘技業界で育った人間らしい試合内容優先というMMA論を、戦った当人に述べていました。

「言いたいことは分けるけど、絶対に勝ちたかったんだ。これは勝負、負ければ何も生まれない」とジェンズは反論してきました。

もっともな意見です。負けても良いから、良い試合をしろ――なんて命を削って戦っているファイターに決して言ってはいけない暴論を、軽量級の普及に過度の期待していた私は、彼に突き付けていたのです。

ただし、ある意味、私の意見は正しいものでした。周囲の予想を覆し、BJ・ペンを相手に2度目の防衛に成功したジェンズですが、他の階級のファイターとの待遇の差に不満を訴え、一度はUFCを離脱しています。

ライト級はまだビジネスとして成立するものではありませんでした。04年から06年に掛けて、ほとんどUFCで見られなくなったライト級ですが、日本をベースにしていたジェンズのUFC復帰と、ウェルター級で戦っていたBJのライト級復帰が重なり、TUFシーズン5が二人のコーチにより放送されました。

そして、現在のUFCにおけるライト級隆盛の基礎が創られたのです。

07年5月のTUFシーズン5フィナーレがザ・パールで行なわれ、ライト級がUFCにとって欠かせないビジネスになった直後に、ジェンズはフェザー級に階級を落とし、WECへ移籍を果たしました。

その後、負けが込む彼の戦績ですが、北米のライト級パイオニアという実績を持ち、存在感は色あせることはありません。7月のUFCファン・エキスポ、グラップリングのスーパーファイトで勝利した佐藤ルミナのセミナーが、土曜日の朝早くから行なわれました。

取材に訪れた記者は、私一人というなか、セミナー会場で、ジェンズと宇野薫の姿を見ることができました(そしてUFCとWECのマッチメイカー、ジョー・シルバ、ショーン・シェルビーの軽量級大好きコンビも)。

日本軽量級のカリスマと、北米軽量級のパイオニア、日米軽量級の掛け橋、彼ら3人のレジェンドがいて、ライト級が盛り上がるUFCファイトナイトが存在することは間違いありません。

勝負論がビジネスとして通用する基盤を作ったのは、間違いなくジェンズ・パルバーだといえるでしょう。

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