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【OCTAGONAL EYES】ヒロボーイ、BJ

2010.04.06

BJ
【写真】裏通りからみたBJ・ペンMMA。元はマカロニ工場だった天井の高い建物に柔術マット、オクタゴンなどが用意され、表通り沿いは設備充実のフィットネスジムになっている

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※本コラムは「UFC日本語公式モバイルサイト」で隔週連載中『OCTAGONAL EYES 八角形の視線』2009年8月掲載号に加筆・修正を加えてお届けしております

文・写真=高島学

格闘技にはたくさんの競技スタイルが存在し、その数だけ聖地や世界最高峰の戦いの場があります。

柔道なら日本武道館、ボクシングのMSG、ムエタイのルンピニー・スタジアム。差し詰めMMAならメッカは、MGMグランドガーテンアリーナかマンダレイベイ・イベントセンターといったところでしょうか。

UFCライト級の頂点に君臨するBJ・ペン。昨年も最強のチャレンジャー=ケニー・フロリアンを相手に、完封防衛をやってのけ、改めてその強さを満天下のファンに知らしめた彼の存在を初めて知ったのは、ブラジリアン柔術の最高峰=ムンジアル(世界選手権)、場所は柔術のメッカ=リオデジャネイロのチジューカ・テニス・クルービーでした。

2000年のブラジリアン柔術世界選手権、当時全くの無名のBJは、ホイラー・グレイシーが去ったムンジアルの黒帯ペナ級を制し、非ブラジル人として初めて黒帯の柔術世界王者に輝きました


BJ・ペン、所属はノヴァウニオン。準決勝を勝ち上がるまで、彼が米国人だということすら、私は分かっていませんでした。

当時、柔術の世界で黒帯の部に出場する非ブラジル人は日本の中井祐樹を含め、僅か2~3人ほど。そして、準決勝まで勝ち上がる可能性はほとんどない、そんな状態でした。

それほど厳しいトーナメントに突然現れ、瞬く間に頂点に立ってしまったBJ。この無名のハワイアンは、コンピューターゲームばかりしているのに、練習になるとレオ・サントス、シャオリン・ヒベイロ、ジョン・ホーキという最強ノヴァ勢に全く引けを取らない強さを見せていたというのです。

優勝したBJに初めてコメントを求めたところ、「MMAで戦いたい。スーパーブロウル(当時BJの住むハワイで行なわれていたMMAイベント)?修斗?UFCだよ。UFCで大金を稼ぐんだ」と、彼特有の早口でまくし立てていました。

ところで、私といえば柔術の世界で驚異的な強さを見せた彼を見てもなお、すんなりとMMAファイターとして成功を収めるとは思ってもいませんでした。

ご存じのようにMMAは、打撃、テイクダウン、グラウンドワークが必要です。しかし、当時のMMAでは、打撃を使いこなす柔術家の存在など皆無で、柔術家の活躍自体が過去のモノとなっていたからです。

その9カ月後、BJはUFCでMMAデビューを果たし、今なら誰もが知る抜群の打撃センスを見せつけました。

BJ【写真】ラスベガス、アトランティックシティ、東京、リオデジャネイロ、ホノルル、どこで会うよりもヒロのBJはリラックスしていた

ラスベガス、ハワイのオアフ島、彼が住むビッグアイランド=ハワイ島、そして日本とBJの取材を何度も重ねるようになり、実兄JDや父のJDさん(BJ一家はJDだらけなのです)とも話をする機会に恵まれました。

父JDさんよると、BJは16歳でハイスクールを卒業するほど学力も優秀だったそうです。その気になれば学者や実業家、あるいは政治家になれるだけの頭脳の持ち主がケージの中で戦っているわけです。

「人生に近道はない。自分の好きなことをやっていれば、次につながる」、JDさんはこうBJのことを言っていました。

素晴らしい父を持つBJが、地元ヒロで見せた顔は、本当にただのやんちゃ坊主。練習だけはしっかりとこなしますが、あとはパーティ大好き、そしてフレンドリー、どこに行くにも記者に声を掛け、彼の仲間を紹介してくれました。

既出の話ですが、そんなBJの誘いを受けて、ビッグアイランドをファッション誌の仕事で訪れていた宇野薫と彼の行きつけのバーに行ったときのことです。

とにかく呑め、食えのオンパレードのBJ。自分のお気に入りのモノを手当たり次第薦めてきます。そして、ついにレッドブルウォッカがショットでやってきました。

ハワイの解放感とBJの押しに、何ごとにも慎重な宇野が、これを一気に飲みほし、一瞬にして、その顔が固まりました。

次のショットを手にしたBJに、「ダメ。タップ。BJのチョークにはタップしなかったけど、これにはタップだよ」という宇野。BJは、大笑いでショットを自らの口元にもっていきました。それは勝利者コールを受ける時にも見せたことのない、少年のような笑顔でした。

バーを出て、次の店への誘いを丁重に断ると「じゃあ明日は滝壺へ行って、一緒に泳がないか」とBJ。愛する故郷の良さを存分に知ってほしい、そんなヒロボーイの純粋な一面を見た気がします。

標高4200メートルのマウナケアの頂と、太平洋の水平線を眺めて育ったBJ。規格外の強さと、広い心を持つ彼には、ファイターとして、そして人間として、その大自然に負けない魅力が詰まっています。

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